CLCについて
●CLCのはじまり
CLCの誕生は、ケネス・アダムスという一人の青年が開いた小さなキリスト教書店に始まります。
貧しいながら信仰深い母親の祈りのうちに育てられた彼は、8歳の時に1冊の本によって信仰に導かれます。
19歳の時、ケネスはスペインにいる宣教師たちに会いに行きました。一人の宣教師がケネスを地方の村に連れて行き、そこでトラクトの束を彼に渡しました。スペイン語を一言も話せないケネスでしたが、配るうちに、心の飢え乾いた人々が熱心にトラクトを読む姿に心を打たれたのです。
その後、成人した彼はイギリスの田舎町コーチェスターにキリスト教書店を開きました。これがCLCの書店第1号となりました。時は1939年、第二次世界大戦が始まったその年のことです。先をも知れぬ命の不安をもって戦争に出立する兵士たちにその書籍は用いられました。
当初、彼の視野は、自分の身近な人々にだけしかありませんでした。しかし次第に同労者のビジョンに刺激されて、イギリス中はおろか世界中で働きが展開することになります。
現在CLCは、世界50ケ国以上の国々で活動し、フルタイムのスタッフだけで、600人を数えるに至りました。日本への活動は1950年、CLCとしては12番目の国となりました。
その働きのスタートに、ケネス・アダムス氏の本との出合いがあり、「印刷された福音」を無限に用いられる神さまとの約束があるということに、おごそかな感動を覚えます。そしてその約束を果たされた神さまのご栄光を拝します。
―― 私たちが天国に行ったとき、私たちが手渡した文書によって救われた魂に出会う、その大きな喜び。これが文書伝道のビジョンなのです。―― ケネス・アダムス
●CLCの目的は
「キリスト教文書を福音宣教と教会形成のための、強力な武器として用いること」と定義しています。
CLCの活動の目的は、「福音」を文書という「土の器」に入れて、人々に手渡すことです。そのことによって、1人でも多くの方がキリストの福音に触れ、救いに導かれるようにと願っています。
さらには教会が必要としている福音文書、伝道用品など、あらゆる物を提供して教会に仕えていくことを喜びとしています。
●世界CLCの働き
世界各国のCLCの働きは、それぞれの国々にいちばんあった文書伝道を進めています。
たとえば、イスラム圏の国々のCLCでは、まず伝道しようにもほとんどキリスト教文書がありません。そこで、トラクトの印刷から始めなければなりません。また、インドCLCのように、国土が広く、たくさんの民族が共存している国では、同じ本でも、何種類もの言語で出版しなければならないから大変です。香港CLCでは今、中国大陸のために、北京語の印刷の準備を始めています。アメリカのCLCでは、書店の活動も活発ですが、主な働きは出版と卸です。レポートによりますと、キリスト教書籍が何と、スーパーや薬局に並んでいるとのことです。日本では考えられないことです。
イギリスのCLCでは、出版、書籍の卸、書店の開設、そして特に、外国に沢山の文書伝道宣教師を送っています。また発展途上国などでは、時々政変があったりして、宣教師に帰国命令が出されたり、逆に入国を許されたりする場合があります。そのためにCLCの宣教国数は年により変動することがあります。 危険な地でのCLCの存在は困難を極め、たまに店員が射殺されることもあります。
●日本CLCの働き
敗戦より五年、戦後の混乱が次第におさまり、復興のきざしが見えてきた1950年の暮れのこと、横浜港にオーラムという若い宣教師が到着しました。彼は当時日本への伝道の使命を覚えて次々と来日した宣教師たちの一人でしたが、一般の宣教師と違い「教会の設立」による伝道活動ではなく「文書の力」によって幅広い人々に福音を届けようとしたのです。
やがて日本人初のCLCスタッフとなった河井清治氏と二人で、翌年日本におけるCLCの文書伝道を本格的にスタートさせました。しかし日本語のわからないオーラム氏と、英語のわからない河井氏とのチームワークは大変だったようで、絵を描いたり、ジェスチャーを交えて意志の疎通をはかったようです。とにかく順調な滑り出しとは言い難い、困難な第一歩でした。
当時の日本は、書物はおろか、トラクトすらも十分に無い時代でした。イギリスやアメリカから輸入した洋書を、宣教師や神学生に販売をするかたわら、日本語の本作りから始めなければならなかったのです。
そのようにしてCLCも出版活動を始めましたが、執筆依頼に事を発し、企画・編集も素人が何もかもしていたという状況でした。自分たちでリュックサックにトラクトをつめて各地をすみずみまで配布して歩くという、今では想像もつかないような働きが日本の文書伝道の黎明期のスタイルでした。それでも何とか最初に出版した「一粒の麦」という本は、たいへん用いられました。
書店は1952年にまず仙台に第一号店をオープンしましたが、経営のセンスがまだ未熟でまもなく閉店となってしまいました。
しかしこの失敗の反省をもとに、当初の計画よりも多い一二の書店を、やがて北海道から九州まで順に開設して行きます。京都、お茶の水、広島、札幌、岡山、熊本、名古屋、新宿、金沢、新座、秋田、横浜、さらにはハワイにも書店を展開してゆきました。中には経営が厳しく撤退を余儀なくさせられたセンターもありましたが、現在も地域の文書伝道の拠点として、各店舗が用いられていることは感謝です。
●これからのCLC
この50年を顧みるときに、多くの教会や牧師・信徒の方々にどれほどご協力いただいたことでしょうか。そのことを思うと、感謝に絶えません。CLCの働きは、諸教会の宣教と共に前進してきました。CLC50年の歩みは、まさに戦後日本の教会の発展そのものでした。
かつてある団体の調査した「キリスト教に関心をもった要因は何ですか」というアンケートでは、やはり「聖書」が群を抜いていました。「キリスト教の集会」や「キリスト教映画」なども挙げられていますが「トラクトや雑誌」「キリスト教文学」などと合わせると、半数以上が文書を通して福音に接したという結果を見ることができます。
人は悩みのとき、将来を考えるとき、真理を求め、書物をひもとくのでしょう。
「誰かに答えてほしい」と思っても「教会は敷居が高くて」と思いがちですが、その点、人知れず読める「文書」は有効です。そしてその文書には、人生を根底から変えてしまうほどの力があります。それも、多くの言葉を要せず、聖書の一節が書かれた印刷物を目にし、その御言葉に心えぐられて回心に至ったという救いの証しも少なくありません。「土の器」の形や容量は問わない「福音の真理」がなせる業なのでしょう。
このように書店を通して福音文書がクリスチャンの手へ、さらには未信者へと渡っていきますが、その橋渡しの役をCLCはさせていただいています。そしてその福音文書は、著者、出版社、印刷所、取り次ぎ、書店、さらには購買者と、すべてが文書伝道にかかわっており、どれか一つが抜けても成り立ちません。それら制作者や、販売者も、また誰かにプレゼントするならばその贈り主も、祈りをもって当たるとき、神はこれを有力な伝道手段として用いてくださいます。
現在世界53カ国のCLCで約600人程の文書伝道者が働きを進めています。どうぞこれからもこの働きが世界中でさらに前進して、主の御栄えを現わしていくことができるようお祈りください。